2001年
05月
01日
(火)
18:59 |
編集
今回も又々横道にそれるが、終了したばかりのザムザ阿佐ヶ谷公演「痴夢のランプ」に一寸触れます。
情宣不足にも拘わらず順調に客足も伸び、千秋楽は札止めとなった。
毎回芝居の最後で、観客を交えたルーレット大会をやったのだが、
楽日は美術小道具プレゼント大会と銘打って役者それぞれが工夫した自分の持ち道具を30数名の観客にプレゼント。
大きな絵パネルや自転車の片割れなど大物もあり、ちゃんと持って帰ってくれるか心配だったが、喜々として抱えながら電車に乗っていた客を目撃したとの情報もあり、一安心。
今回の「痴夢のランプ」、元々、〓ペテン師イカサマさかさま外伝〓という副題で、常識を常識として疑わない世間常識を逆手に取った詐欺師ペテン師達の話をメーンとして描くつもりであった(俳優、又演劇もその延長線上にあるといえる)。
しかし企画が進むにつれ、シーザーの中では「思い」「夢」に観点が移り、埴谷雄高の思想哲学も交錯し戯曲はどんどん深く掘り下げられていった。
「思い」とはいかなる物であろうか。「思う」だけで、ドラエモンの「どこでもドア」のように人間は時空間を自由に飛翔し、何でも取り出せ、
誰とでも会うことが出来る。
「思い」は時に悲しく切なくもある。
空想と想像力、創造力を改めて問い直した作品で、
もう一度大きな劇場で再演も、いや映画にもしてみたいなと、
シーザーと私、二人の「思い」は膨らむばかりであった。
さあ、休む間もなく次は『観客席』。
今度はどんな仕掛けでどんな構造で「観客」を驚かせ騙しきるか。そちらの「思い」も今、部屋中を駆けめぐっている。
(次回はまた初期万有の話へ) 根本 豊
情宣不足にも拘わらず順調に客足も伸び、千秋楽は札止めとなった。
毎回芝居の最後で、観客を交えたルーレット大会をやったのだが、
楽日は美術小道具プレゼント大会と銘打って役者それぞれが工夫した自分の持ち道具を30数名の観客にプレゼント。
大きな絵パネルや自転車の片割れなど大物もあり、ちゃんと持って帰ってくれるか心配だったが、喜々として抱えながら電車に乗っていた客を目撃したとの情報もあり、一安心。
今回の「痴夢のランプ」、元々、〓ペテン師イカサマさかさま外伝〓という副題で、常識を常識として疑わない世間常識を逆手に取った詐欺師ペテン師達の話をメーンとして描くつもりであった(俳優、又演劇もその延長線上にあるといえる)。
しかし企画が進むにつれ、シーザーの中では「思い」「夢」に観点が移り、埴谷雄高の思想哲学も交錯し戯曲はどんどん深く掘り下げられていった。
「思い」とはいかなる物であろうか。「思う」だけで、ドラエモンの「どこでもドア」のように人間は時空間を自由に飛翔し、何でも取り出せ、
誰とでも会うことが出来る。
「思い」は時に悲しく切なくもある。
空想と想像力、創造力を改めて問い直した作品で、
もう一度大きな劇場で再演も、いや映画にもしてみたいなと、
シーザーと私、二人の「思い」は膨らむばかりであった。
さあ、休む間もなく次は『観客席』。
今度はどんな仕掛けでどんな構造で「観客」を驚かせ騙しきるか。そちらの「思い」も今、部屋中を駆けめぐっている。
(次回はまた初期万有の話へ) 根本 豊
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