旅の途中−ブログ篇−
                  「根本豊の Beyond The Radio」
旅の途中   万有引力物語(1)
2000年 10月 25日 (水) 18:54 | 編集
「万有引力にしようか…」。
重苦しい沈黙の中、ポツリと口を開いたのは確かシーザーだった。

八三年七月。胡座する黒ずくめの集団に焦燥と脂汗が浮かんではいるが、
眼だけはギラギラと光っていた。

元麻布・天井桟敷の漆黒のアトリエ内。年代物のクーラーがブンブン唸りをあげてフル稼働してもその熱気を冷やすには至らない。

 寺山さんの葬儀も済み、天井桟敷解散も決定し、レミング最終公演も無事乗り越えて、後片付けの雑然としたカーペットの上で、新劇団名を模索する会議に居を正す、在籍八十余名中衣鉢を継ぐ残党三十二名。
不安と希望が代わりばんこにやってくる未知への旅立ち。

「演劇実験室◎観客席」いや「失楽園」「人間椅子」はては「天井桟敷・2(ツー)」…。新劇団名が決まらない。

新アトリエ探しも、家賃と場所と広さの不条理な三角関数が立ちはだかり、
そんな八方ふさがりの状況でのシーザーの一言だった。

「…万有引力とは人間同士が互いに引き合う孤独の魂の力のことである…」。寺山さんの言葉が脳裏をかすめる。

「演劇実験室◎万有引力、ンーなかなかいいじゃないか、同じ四文字だし…(?)」そして新劇団名は決定した。

新アトリエは、江東区森下に、四十坪家賃二四万円で確保。
水道屋の倉庫跡に手作りの平台を敷き詰め、配線、防音工事、内壁立て込み塗装、全て突貫の手作業で、榎本了壱さんにお願いした劇団ロゴマーク入りの大看板も入り口に誇らしげに掲げ、
八三年八月一日、とにもかくにも、演劇実験室◎万有引力は旗揚げした。       (続く)
 根本 豊
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