旅の途中−ブログ篇−
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一期は夢よ、ただ狂え(閑吟集より)―根本豊の徒花的個人劇史―
1950年福島県伊達郡に生まれる。
   先祖は伊達政宗の「謡い」の師匠で、
   後に政宗公との意見の相違により割腹自死(との噂)。

1956年―1965年(6歳‐15歳)町立松川小学校入学。
   のち中学校も含め数回転校。各校で生徒会長などを務むるも、
   閉鎖的村社会を嘗めた言動が目に余り顰蹙を買い続ける。

1966年(16歳)県立福島高校入学。
   某宗教福島支部学生部長としていいかげんな日々を送る。

1967年(17歳)酒・女・クスリ・ケンカ等で度々の補導を受け、
   福高開学以来初の退学処分。

1968年(18歳)会津若松の高校に転校を許されるも殆ど登校せず、
   暴力団組事務所に寝泊まりを続け、裏社会勉強の日々を送る。

1970年(20歳)大阪芸大映像計画学科入学。
   某セクトに所属するも、大学封鎖を機に見切りをつけ
  「劇団群」を主宰。演劇活動はほぼせず、大学当局側への
   圧力団体としての活動を主なテーマとする。この間公務執行妨害、
   暴行などで数度の拘留処分。前科あり。

1975年(25歳)大学中退し演劇実験室◎天井桟敷入団。
   生涯の師寺山修司と出会う。J・A・シーザー、サルバドール・タリら、
   自分の人生に於いて出会ったこともない人たちの集団に
   カルチャーショックを受ける。
   杉並区阿佐谷一帯での三〇時間連続市街劇「ノック」
   で演出助手兼俳優。
   この市街劇は新聞の社会面を大いに賑わす大スキャンダル劇となり、
   自分の劇に対する価値軸を狂わせる永遠の指標となる。

1976年(26歳)桟敷アトリエ公演「孤独な散歩者の夢想」を作演出。
   演劇と映像の融合と自負したが、
   寺山さんの実験映画「ローラ」を後に知り、愕然。

1978年(28歳)「シモの話」(桟敷アトリエ)作演出。桟敷が名古屋の祭りに招聘され、
   テキ屋組事務所に一人先乗り派遣。本体到着まで、
   借り受けた組の若衆らと共に手配・仕込みに奔走。後日、
   なぜか組長より契りの盃、ドスを頂く流れが出来つつあり、
   慌てて寸前で固辞。「奴婢訓」晴海初演。

1980年(30歳)ジァンジァン版「観客席」を寺山さんと共同演出。
   寺山監督ハードコア映画「上海異人娼館」では、助監督参加だったが、
   代役で、一般映画では初の、外人女優とのノーカットファックシーンを熱演。

1981年(31歳)「残酷喜劇―さらば映画よ」(桟敷アトリエ)、ジァンジァン公演「新観客席」
   を寺山さんと共同演出。この間も、故・相米慎二、平山秀幸らと
   寺山監督映画の助監督を務める。

1983年(33歳)青天の霹靂、寺山修司の死。天井桟敷解散。万有引力結成。
   文芸座ル・ピリエに於いて「シナの皇帝」旗揚げ公演。

1984年(34歳)「ワークショップ・冬の時限装置」(文芸座ル・ピリエ)より
   シーザーとの共同作演出始まる。

1986年(36歳)シーザーとの共作「SUNA・砂漠の動物園」が
   英國エジンバラ演劇祭に於いてフリンジファースト賞受賞。

1991年(41歳)実験公演「影の断層」(田端・ディープラッツ)作演出。

1997年(47歳)パルテノン多摩「100年気球メトロポリス」で数パートを演出。

1998年(48歳)寺山修司享年を迎え、
   オマージュ「五月の鷹―北は南の反対ではない」(下北沢・劇小劇場)作演出。
  「一日だけの天井桟敷『人力飛行機ソロモン・青森篇」パート演出。
   担当部門の女性市民スタッフが青森県警に捕まる。
   県警に出頭し、スタッフを保護貰い受け手続き。のち生涯の保護者?となる。

1999年(49歳)パルテノン多摩「100年気球ラビュリントス」で数パートを演出。

2001年(51歳)紀伊国屋サザンシアター公演「観客席・2001年改訂版」共同演出。
   寺山「ローラ」への質問として、実験公演「ローラ?
   地球をしばらく止めてくれぼくはゆっくり映画が見たい」(浅草橋・アドリブ小劇場)作演出。

2002年(52歳)元ジァンジァン大村氏の要請により、「瑕疵かしら」(西荻・Wenzスタジオ)
   で初の外部出演。

2003年(53歳)万有引力創立20周年
  「劇場を運ぶ100人の俳優たち」(西荻・Wenzスタジオ)共同作演出。
   阪神タイガース18年振りのリーグ優勝。
   誕生した我が第一子に「タイガ(大雅)」と名付ける。
   12月新国立劇場「奴婢訓」出演。
   25年間同じ役を演り続け、28歳から53歳への変遷を我が身に問う。
   我が実家の雲行きが怪しくなりシーザーに今後の指針を仰ぎ、
  「奴婢訓」をもって長期休団の判断。
   演劇人生の最終公演は外部出演初ミュージカルとなる、
   謝珠栄演出「タン・ビエットの唄」(世田谷・パブリックシアター他)

2023年(タイガ20歳)私は…?

【時がくると、私の人生にはピリオドが打たれる。
だが、父親になれた男の死はピリオドではなく、コンマなのだ。
コンマは休止符であり、また次のセンテンスへとひきつがれてゆくことになる。】
「父親になれざりしかな遠沖を泳ぐ老犬しばらく見つむ」(墓場まで何マイル?)