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「根本豊の Beyond The Radio」

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旅の途中−ブログ篇−

                  「根本豊の Beyond The Radio」

時代はまわる

2009.10.31/Sat/07:32:53

一昨昨日の夜十時頃、大学の仕事帰りの国道4号線で
工事のため一車線規制が数百メートル行われていた。

その渋滞停車中ある物を発見。
それは道路規制中のガードマン同士のもめ事だった。

60がらみの太ったガードマンが同年代のやせたガードマンになにやら激しく注意されている。
やりとりを見て推測するに、どうも「徐行」と書いてある旗の持ち方と
赤い光る棒の振り方、立っている位置について、上司らしいやせた方がやたらに叱責してる所らしい。
素人目にはそんなにおかしい立ち位置や所作でもないと思ったのだが。

そのうち太ったガードマンは、くるっと上司に背を向け、
旗と棒をかたくなに自分のやり方で持ってだんまりを決め込んだようだ。
しばらくやせた方は背中に向かって怒鳴っていたが、あきらめてどっかへ行ってしまった。

アレじゃクビだなと思っていたが、太ったガードマンの怒ったような一途な顔が印象的で、
一昨日のノロノロ運転中に探したが、案の定いなかった。

あの口をキッと結んだかたくなな目が忘れられないが、この失業率最悪の不況の時代に大変だろうな。でもあのとき光る棒と旗を地面にたたきつけて帰りたいのをじっと我慢してたんだろうな。


運転中、あの光る赤い棒を10数本舞台の集団シーンで使った芝居「五月の鷹」のことを
唐突に思い出した。

鹿児島の堂園医師よりメール。
私のブログに書いた、「寺山さんの目元」についてのメッセージ。
彼によると、目は鳩山さんより西郷隆盛に似ているという意見。
たしかに寺山家の先祖は薩摩藩の武士だったらしいし、
言われてみればそうとも言えるか。

先日相次いで2冊の本が郵送された。
一冊目は森崎偏陸さんからの物で、彼著作の

「へんりっく ブリキの太鼓」

偏陸さんは前にも書いたが、17で家出して桟敷に入り
寺山さん死後寺山籍に入り、寺山さんの弟になった人。
本名も「寺山偏陸」となる。

彼へのインタビューとデザインワーク、写真家としての仕事、交友録、
宇野亜喜良さんが彼のために描いたイラストなど見所満載で、
懐かしい写真があちこちに散りばめられている。

隅々まで数回読み返し、気がつくとひょっと又手に取っているという離せない一冊。
ワイズ出版から出ています。是非皆様、手にとってご覧下さい。
東京にいる方は、目下渋谷のシアター・イメージフォーラムで上映中の映画
「へんりっく 寺山修司の弟」も必見。

「森崎さんに密着した7年の記録映像には、舞台演出家として国内各地からフランスなど
海外へも飛び、映画音楽の助手、ポスターデザインまでをこなす多才な姿が披露される」
                                (10/20付・産経新聞より)
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もう一冊が、日刊ゲンダイのヤマちゃんから昨日届いたばかりの

「寺山修司の時代」

「もう読んだかも知れないけど・・・」と同封の手紙に書いてあったが
刊行されたのも知らなかった。いやはや・・・

こちらは美輪明宏をはじめ寺山さんを巡る人々のインタビューと寄稿記事が溢れている。
ヤマちゃんは桟敷の「美の女神」新高さんについて

「新高けい子伝序説  寺山修司に“殉じた”女優」

という長文を寄せているのだが
手紙によると、来年の企画のための序論だという。

これからどんどん新高さんの光と影に迫るそうで、今から本当に楽しみだ。
わたしも新高さんには一口では言い尽くせない程お世話になり
そんな話も今度ヤマちゃんに話せればと思っている。

「寺山修司の時代」の中身も、初めて聞く事実が頻出し
コレも目が離せない。
河出書房新社の発行です。

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まわるまわるよーー時代はまわる

中島みゆきの唄が頭の中をまわってるーーーー。
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あしたも晴れかな。

2009.10.21/Wed/00:04:26

10月18日(日)
東京に行ってきた。
姪の結婚式だった。
弟の治の娘が嫁ぐのであった。
それはそれは感激した式であった。
弟はそんなに感情をあらわにするタイプではないので
そんな奴が涙をこらえているのを見るとたまらなくなった。
久しく我が家には不祝儀しかなかったのでえらく幸せを貰った気分だった。

前日に東京入りし、息子の誕生日祝いを兼ね東京ドームシティ遊覧。
結婚式の次の日はお台場を散策。
東京にいた頃はバイクでヨメと行っていた台場のそこここを2人の息子と歩き回り
ヨメと飛んだバンジージャンプの現場メディアシティに連れて行って
その高さに驚かせるというバカなまねもしてしまった。

ETC夜間割となる8時過ぎに福島に着くようにゆったりと東京滞在。
舞浜のTDLは周りを車で回ってシンデレラ城を見せるだけという姑息な手段で納得させ
3日間の東京ツアーは終了したのでした。

福島に着くとへんりっくさんからの贈呈本が到着していた。
インタビュー記事の桟敷時代史が絶品。
酔っぱらいながら読むのはもったいないので無理矢理中断。

郡山美術館の菅野からFAXが入り、それはへんりっくさんが載った産経新聞の記事だった。
彼の7年間を密着したドキュメンタリー映画封切りを取り上げたものだ。

東京の佐藤さんからメールが入り、
方言添削したリーディングが好評のうちに終わったとの事。
本公演につながる予感があるという事を聞き、なんかホンワカとした気分。
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ニジマスの塩焼き喰いたかった

2009.09.22/Tue/08:57:49

さて長丁場の連休、うっかりしてるとあっという間に終わってしまう。
なにかイベントをと思うのだが、来月は姪の結婚式で東京へ行くついでに、
ヨメさんと子供の誕生日祝いもかねて2・3泊レジャー旅行という大イベントがある。
で、費用のかからない近場のドライブに決定。

9月20日(日)は吾妻高原スカイランドに行ってきた。
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こんなに近くで牛が見られる。
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子供だけ参加のニジマスつかみ取り大会などもあったのだが
びびってしまい一匹もゲットできず。
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その場で塩を振って食べさせてくれる炭焼きコンロが設営されており
旨そうに塩焼きをハグハグほおばる親子を横目に隣接の公園でしばし空腹をなだめる。

9月21日は自由時間を貰い?
朝からデッキ用のテーブル製作。
今までデコラ張りの合板テーブルを間に合わせで置いておいたのだが
なんか納得できず、ついに決意してとりかかった。

宵闇の迫る頃、やっと完成。
いつものように作品をじっくり鑑賞できる明るさもなく
今朝早くに起きて、やっとなでまわすようにテーブルに見入り
写真を撮った。
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そして明日は近くの国見町で行われる「義経祭り行列」を見学に行って
連休の有終を飾る。

「昼間のパパは・・男だゼィ・・・♪」by忌野清志郎
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